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ロボットの開発設計はアサイ・エンジニアリングへ!
株式会社アサイ・エンジニアリング

新春イッキ乗り2017? その3

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皆さん こんにちは

2017年も本格的に始動したようですね。でも、その途端に、寒さも本格化したみたいです。
そもそも私は『冷え症』なので、寒さにはとっても弱いのですが、しかしながら『中年スーパーライダー』を自称しているので、
「アー、寒い、寒い」
とばかりは、言っていられない立場なのであります。

そんな訳で『新春イッキ乗り2017?』の第三回目は、そんな寒さを吹き飛ばす『脅威の防寒マシーン』の登場です。
じゃあ、なぜこのオートバイが防寒かと言いますと、シートの下を排気管が通っているので、いつもお尻がポッカポカなんですね。まあ、それは夏も同じなんですけど・・・

●新春イッキ乗り2017? その3 ヤマハRZV500R
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その防寒マシーン、名前はヤマハRZV500Rと言います。
まあ、そうは言ってもこのオートバイ、別に寒冷地向けに開発された訳ではありません。(と思います)
じゃあ、何のために作られたかと言いますと、その開発コンセプトは、
『世界GP500クラスで3連覇を果たした”キング”ケニー・ロバーツが駆る、最新型ファクトリーマシン”YZR500(OW61)レプリカ”を作ることだった。(出典:ヤマハ公式HP)』
なのだそうであります。
なんだか凄いですね。私、書いていて思わず興奮してしまいました。ちょっと、ひとっ走りしてこようかな、寒いけど・・・

さて、このオートバイが発表されたのは、1983年の東京モーターショーですから、今からざっと34年前という事になります。
当時はスズキのRG250ガンマが火をつけた『レーサーレプリカブーム』の真っただ中で、
「こんな凄いオートバイ、市販しちゃっていいワケ?」
みたいなレーサーレプリカが矢継ぎ早にリリースされる状況だったのですが、そんな中でもこのRZVはスズキの400/500ガンマやホンダのNS400と並んで、
「いよいよ来るとこまで来たな」
と思わせたオートバイでした。

で、実は私、
「ヤマハのRZに乗りたくて二輪免許を取った」
っていうくらいのRZマニアでして、この1983年頃は『RZ350R』というヤツに大変満足して乗っていたんです。
しかし、そんな中で、このRZV500Rが出てきちゃったんですね。
いやー なんというか、すっごいショックだったもんです。
だって、せっかく250じゃなくて、車検があるのも覚悟の上で350を買ってきたのに、もっとデッカイのが出てきちゃったんですよ。しかも、4気筒だって言うじゃありませんか!
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でも冷静に考えると、¥825,000円という価格はとても手が出るものではなく(その時私は学生で、350Rのローンを払っていた)、さらに、当時の私は中型二輪免許しか持っていなかったので、500㏄のRZVは、どのみち乗れなかったのであります。
しかしながら、やっぱり欲しいものは欲しいですよね。で、
「いつか手に入れるぞ!」
と、20歳の浅井青年は、いつものセリフを呟いたのでありました。
なお、写真の雑誌は当時発刊されていた『ヤマハRZV500Rのすべて』という本で、私はこの頃、これを枕元に置いて寝ていました。でも、ついにRZVの夢は見ませんでしたね。残念ながら・・・

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タミヤニュース1984 Vol.160

で、RZV、そんな話題性のあるオートバイだったので、あのタミヤが1984年、1/12スケールのプラモデルとしてリリースしたのでした。
まあ、私が持っているオートバイは割と〇車?が多いので、タミヤから出ているのは、RZVだけなんですよね。

さて、その1/12のRZVが出た翌年、つまり1985年の春ですが、私はそのタミヤの新入社員として、社員研修に明け暮れる日々を送っていました。
この研修の体験談は、それだけで一冊の本が書けてしまう程なので割愛しますが、そんな研修の終盤に、この1/12RZVの製作実習があったのです。
『出来るだけ丁寧に作り、その感想をレポートにして完成品と共に提出せよ!』
という指令?だったし、大好きなRZVだったので、私はかなり張り切って作り始めたのでしたが、しかし、途中で魔が差したのであります。
ボディのベース色の指定が確か『ピュアーホワイト(TS-26)』だったのですが、あいにくそれが手元に無く、代りに『レーシングホワイト(TS-7)』を塗って仕上げてしまったのです。
まあ、判る人には判ると思うのですが、妙に黄ばんだRZVになってしまったのでした。
当時は私、早く一人前の『タミヤ社員』になろうと奮闘していたので、
「やばい! しくじった! オレの出世もここまでか!」
と焦った事も、今は楽しい思い出であります。

さて、時は流れて2007年の夏。
私はその頃、アサイ・エンジニアリングの設立に向けて京商を退職し、契約社員として『dNaNo』を設計していました。
そんなある日、模型業界では大先輩にあたるバイクフリークのM氏から、一本の電話がかかってきました。そのM氏曰く、
「浅井君さあ、RZVの出物があんだけど、買わない? 前から欲しいって 言ってたじゃん!」
正直なところ、私はこのハナシ、断るつもりだったんですよ。だって、ARもSDRもあるし、さらに一台レストア途中(コイツの事はいつか話します)だったし、アサイ・エンジニアリング設立途中で修業の身だし、dNaNoの設計終わってないし・・・・・
で、まあ、
「考えとくね」
と言って、とりあえず電話を切ったのであります。
しかしその夜、妻にそのハナシをしてみたら、
「ずっと欲しかったんでしょ? 買っちゃえば? 京商の卒業記念という事で・・・」
ありゃー マジかよ! 止めてくれないのかよ!
という訳でその数日後、私はヘルメットを抱えて電車に乗り、そのRZVを引き取りに行ったのでした。

まあ、そんな事から早10年、欲しいと思ってからは34年目のRZV、新春2017年イッキ乗りのコメントは、
「あれっ? 結構乗れてるじゃん オレ」
と言うものでした。
なぜかと言えば、割と低速トルクがあるので、ゆっくりも走れるし、カウルがあるので、スピードを出しても結構ラクチンなんですね。だから乗れているような気になってしまうんですよ。
オマケにお尻も温かいから、快適なんであります。
イッキ乗りSDR編で「体力がー」と書いたのですが、体力が要るのは車庫から引っ張り出すまでで、一度走り出してしまえば、ホントに楽なマシンなんですね。
34年も前に作られたワークスレーサーのレプリカなのに、50代のジジイにも、こんなコメントを言わせてしまうRZVって、あらためて良いマシンだなと思ったのでした。
まあしかし、それはパワーバンドに入れていないからでして、入れたら物騒な事は言うまでもありません。まあ、そこを使い切れるのは、ケニー・ロバーツとか平忠彦さんだとか、たぶんそういう方々なんでしょうな。
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さて、『新春イッキ乗り2017?』はいかがだったでしょう?
なんだか取り留めのない文章になってしまいましたが、しかし、楽しかった’80年代のバイクブームの残像みたいなものを感じていただけたなら、幸いであります。
で、そのバイクブームと並行するようにしてラジコンブームやガンプラブームがあったような気がします。
思い起こせばあの頃、街の模型屋の前には、よくレーサーレプリカが停まっていたものでした。
かくいう私も停めておいて店内で油を売っていた一人ですが、しかし、今はそんな事の出来る店も、ホントに少なくなってしまいましたね。寂しい限りであります。

では、今回で『新春イッキ乗り2017?』は終わりです。
来年も元気にこの企画ができるよう、日々精進してゆこうと思いますが、さて・・・