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ロボットの開発設計はアサイ・エンジニアリングへ!
株式会社アサイ・エンジニアリング

タムテックの想い出


皆さん こんにちは!
前回のブログは、かなり久しぶりのアップデートとなってしまったのですが、それにもかかわらず、かなり大勢の方々にお読みいただいているようで、ホントに感謝に絶えない思いであります。
まあ、なんと言いましょうか、すっごく古くて、しかもマニアックなハナシだったので、
「こんな事書いて、皆さんが喜んでくれるのかな?」
と、自分でも、ちょっと不安だったのでありますよ。
でも、なんか、大丈夫そうですね。
という事で、今回もマニアックなお話です。

さて、前回のブログでは、私がタミヤ時代にタムテック用の専用工具を設計したエピソードを書きました。
で、それを書いていたら、あれ以外のタムテックにまつわる想い出が、イモヅル式にいろいろと出てきたんですよ。
まあ、当時私は24歳で、まだまだ多感?な年頃でしたから、いろんなことを結構鮮明に覚えているんですね。

なので今回は、そのタムテックの想い出の中でも、ひときわ印象に残っているイベントについて、お話しましょう。

タミヤニュース1986 Vol.188 タムテックの遊び方が紹介されています

●タムテック 各部署対抗 社内レース

1/24タムテックシリーズは、何しろタミヤが社運を賭けて開発したスモールRCカーでしたから、車体の販売だけではなく、遊び方の提案などにも、かなり力を入れていました。

そんな訳で、タムテックが発売された1986年の秋(たぶん)、タミヤ本社の社員駐車場の一角にタムテックの専用サーキットが作られました。
もうお察しの方もおられると思いますが、今回の見出し画像は、そのサーキットのレイアウト図なのです。
大きさは18m×9mですから、結構手軽な大きさですね。
まあ、タムテックの最大のウリは『省スペースで楽しめる』という事でしたから、それを上手くアピールできるような作りになっていたと思います。

さて、このサーキットがオープンした時、それを記念して、部署対抗の社内レースが行われる事になりました。まあ、『こけら落とし』って、ヤツですかね。
で、当時のタミヤは社員数が500名以上で、部署もたくさんありましたから、全社員参加ではなかったものの、結構盛大なイベントだったと記憶しています。

レースが始まったのは平日の定時後(18:00だったかな?)だったのですが、会場ではビールやおつまみが配られて、ちょっとしたお祭り気分でした。
日にちは忘れてしまいましたが、10~11月頃だったかな? 少し寒かったような記憶があります。覚えている方がおられましたら、ご一報くださいね。

なお、レースの形式は1時間の耐久レースでした。
まあ、タムテックの車種はポルシェ962CやランチアLC2といったWECのマシンでしたから、これは自然な流れだったと思います。
各チームとも、ドライバーは2~3名で、規定回数のドライバーチェンジを行いながら1時間後のゴールを目指すものでした。

さて、このレースに私の所属する設計室は、2チーム体制で臨む事になりました。
滝博士をリーダーとするベテランチームと、私が代表を務める若手のチームです。
ちなみにチーム名はベテランチームが『チーム・うっふん』、若手チームが『チーム・ぷっつん』でした。素敵なネーミングでしょ? 誰がつけたかは忘れましたが、設計室は悪ノリが好きなヒトが多かったのです。

で、まあ、設計室はラジコンのプロ集団ですから、レースではワンツー・フィニッシュを飾らなければ、社内で面目が立ちません。そこでチーム内で作戦を練った結果、なんと私が必勝メカ?を作る事になりました。

タムテックのボディ装着の様子。 ボディとシャーシは完全に分離してしまいます

レース形式は1時間の耐久だったので、途中でバッテリー交換を何回か行わなければなりません。しかしタムテックは構造上、バッテリー交換の際には、ボディを外す必要がありました。
そこで私は、ボディの脱着を容易にすれば、この部分のタイムロスを減らす事が出来ると考えました。
そして、いろいろと検討した結果、『ワンタッチボディマウント』なるものをワンオフで製作する事にしたのでした。

ノーマルのタムテックはボディとシャーシが完全に分離してしまうので、ボディを装着する時に、左右のマウントの位置を合わせたり、アンテナを通したりして、ちょっとしたコツがいるんです。
そこで私は片側をヒンジとしてシャーシ側に固定し、二枚貝のようにカパッと開閉できるようなメカを考案しました。
簡単な構造ですが、これが結構好評で、ピットストップの時間をかなり短縮することができました。

タミヤニュース1987 Vol.192 私の作った『必勝メカ』の作り方が紹介されました

これが功を奏し、設計室の2チームは見事ワンツー・フィニッシュを決める事が出来ました。
結果はもちろん、滝さんチームが優勝で、私のチームが2位です。
私の作った必勝メカが役に立っただけに、勝利の喜びもひとしおでした。
その嬉しさといったら、フィニッシュ直後、思わずチームメイトだった後輩のK君と抱き合ってしまった程ですよ。(K君、元気ですか?)

なお、設計室チーム2車のボディは当時、カーモデル班のボスだった木谷真人さん(現エブロ社長)に作っていただきました。
確か、『オレが作ってやるよ』みたいなノリだったと思いますが、完成したボディを渡されてビックリ。
私はてっきり、純正ボディのスペシャルカラーリングなのかと思っていたのですが、木谷さんから渡されたボディは、なんとアメリカのナスカーだったのです。
まあ、その時は、タムテックのラインナップはポルシェとランチアしかありませんでしたから、木谷さんは「それじゃあ つまらない」と思ったんでしょうね。さすがであります。
さて、そのナスカーのボディはアメリカ製のプラモデルを改造したもので、綺麗に塗装されていました。車種は忘れてしまいましたが、写真のようなヤツだったと思います。

出典:wikipedia


そのボディをシャーシに乗せてみると、ホイールベースやトレッドはピッタリです。それにホイールアーチが深いので、結構低くマウントする事が出来ました。これがかなりカッコよくて、私は思わず
「く~ カッコいいじゃん!」
と、呟いてしまいました。スケールRCカーは、こうでなくてはいけません!

さて、そのボディには、さらに仕掛けがありました。ルーフ上面に実車耐久マシンのようにランプ(識別灯)が装着されていたのです。
設計室の大先輩だったMさんに作っていただいたそのランプはLEDを使用しており、消費電力を低く抑えてありました。また、単に点灯するだけでなく、電子回路を入れてあって、点滅するようになっていました。そして、クルマごとに色を変えていたので、ホントに識別灯の役割をしていたのです。
まあ、なんていうか、田宮俊作さんのお言葉ではありませんが、『とことんやるのがホビーの世界』って、ところですね。
で、そのランプを煌めかせながら夕闇のタムテックサーキットを疾走する2台の設計室スペシャルはとてもカッコよく、今でも印象に残っています。
あのクルマ、今もタミヤのどこかにあるんでしょうか?。

しかしながら、今こうして書いてみると、凄いチーム陣容だったですね。ラジコン博士の滝さんにエブロの木谷さんですよ!
もう一度、あんな事がやれたらと思いますが・・・・
まあ、ムリなんでしょうが、もしやれるとすれば、
「マシンは何を使うんだ?」
なーんて、勝手に妄想が膨らんでしまいます。

さて、今回のブログはいかがだったでしょう?
私、こういう性格なので、マニアックな事となると、とことん書いてしまうんです。
でも、しょうがないですよね。だって
『とことんやるのがホビーの世界』
っていうメーカーで育ったんですから。

では、今回はこの辺で。
次はどの位のマニアック度にしましょうかね~