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ロボットの開発設計はアサイ・エンジニアリングへ!
株式会社アサイ・エンジニアリング

人生を決めた一冊

皆さん こんにちは!

やっと暖かくなってきたなと思ったら、また雪が降っちゃったりして、ちょっと中途半端な季節でありますが、皆さんは、いかがお過ごしでしょうか?

さて、いよいよ3月になりましたね。
この季節は、進学やら就職、人事異動など、その後の人生を左右するイベントが多い時期であります。

で、そんな中のつい先日、私の住んでいる神奈川県で、県立高校の合格発表があったんですよ。

で、私は毎年、この出来事を耳にすると、思い出すことがあるんです。
それは、私が本格的にラジコンを始めた日のことなんですよ。

と言うのも、その日と言うのが、ちょうど40年前のこの時期、もっと言えば、1978年の県立高校の合格発表日だったからなんです。

そこで今回は、それにまつわるお話をさせていただきましょう。

●人生を決めた一冊『タミヤニュース September 1977 Vol.68』
さて、皆さんには『人生に影響を与えた本』と言うのが、おありでしょうか?

まあ、それは、純文学だったり、小説だったり、あるいはノンフィクション、はたまた漫画だったりするのかもしれませんが、多くの方が、そんな書籍、あるいは出版物をお持ちなのではないかと思います。

で、私にも、そういう書籍が何冊かあるんですが、その中でも一番インパクトが強かったのが、この『タミヤニュース September 1977 Vol.68』なんであります。

何でかって?

私、このタミヤニュース Vol.68に載っていた『ある新製品』の紹介記事を読んでしまったおかげで、後の人生が決まってしまったんですよ。

で、もうお判りと思いますが、その問題の記事と言うのが、今回の見出し画像なんです。
そう、宇宙ラジコン史上?に燦然と輝く不朽の名作『1/12ラジオコントロールカーシリーズNo.2 ポルシェ935ターボ』の紹介記事なんであります。

さて、この『タミヤニュース Vol.68』が模型屋の店頭に並んだのは、1977年の8月で、私は中学3年生でした。

まあ、中学3年生の夏でしたから、
「そろそろ高校受験の準備を始めないとな~」
なーんていう時期だったんですが、まあ私、呑気な性格なので、相変わらずプラモ作りにうつつを抜かしていたんですよ。

で、この頃はミリタリー・マニアの友人の影響もあって、タミヤの1/35戦車シリーズ(いわゆるミリタリー・ミニチュアシリーズ)をせっせと作っていたんです。
「やっぱりドイツ戦車がカッコいいな! 88ミリ対戦車砲が付いてるヤツ」
なーんて、生意気な事を言いながら、作っていたんですよ。

で、そんな訳だから、タミヤニュースも毎号熱心に読んでいたんです。
そしたら、運命の『Vol.68』が出ちゃったんですネ。
いや~ 衝撃的だったもんですよ、ホント!

だって、その記事には、
●前作のポルシェ934ターボは大好評で、すでに10万台を出荷!
●今回の935ターボは、934ターボをベースに大幅に改良!
●動力用のバッテリーに新開発のニカド電池『タミヤカドニカ』を採用!
●電動ながら、エンジンカーに匹敵する性能を発揮!
なーんて、何とも魅力的なことが、沢山書いてあったんですよ。

 

で、先天的なカーマニアにして、致命的な模型オタクの浅井少年は、
「絶対に手に入れるぞ!」
と、あっという間に感化されてしまったのでした。

しかし、その価格は
●車体キット:¥11000円
●ニカド電池&充電器セット:¥6500円
●送受信機セット(プロポ):¥16500円(最低でも)
という価格でした。まあ、当時の中学生にとっては、大金です。

で、まあ私、この頃から無計画な性分だったんですが、とりあえず『購入計画』とやらを、立ててみたんです。
そしたら、車体とバッテリーは『小遣い+お年玉』で何とかなりそうだったんですよ。
でも、どうしてもプロポまで、お金が回らないんであります。
で、どうしようかと思っていたら、両親が『ある提案』をしてきました。
「公立高校に受かったら、プロポを買ってやるよ」
という、なんともありがたい提案です。

さて、これが起爆剤となり、塾に行ったりして、にわかに受験生のフリをした結果、何とか近所の県立高校に入る事が出来ました。

合格発表の日、合格を確認すると、とりあえず中学校に行って報告をし、そのまま家に飛んで帰りました。
そして、母親からプロポ代をふんだくると、そのまま模型屋に走りました。
既に車体の方は組み立ててあったので(不謹慎な事に、受験生の分際で、冬休みに作業)、ついにこの日、サーボと受信機を搭載して、『MY 935ターボ』が完成しました。
いやぁ 嬉しかったですねぇ~。

さて、この写真は、その時のプロポ『フタバ FP-T2GS』です。
今でも大事にとってあり、高校の時に出場した『タミヤグランプリ』の受付シールもそのままにしてあります。

コイツは一種のタイムマシーンでありまして、仕事に行き詰まった時、手に持って、スティックを動かしてみると、あっという間に、あの時の『初心』に戻ることが出来ます。

そしたら、ビックリしたんですが、『ラジコンマガジン』の最新号の表紙に、コイツが出演していたんです。
しかも、アンテナフラッグはグリーン!
なんと、私も、5バンドを使っていたんですよ!(このネタは、ちょっとマニアックかな?)

まあ、偶然なんでしょうけれど、でも、ラジコンマガジンも、40周年なのだそうで、なんだか運命?のようなものを感じてしまいます。
シンクロニシティというヤツでしょうか?

ともあれ、あのタミヤニュースのおかげで、後の人生の方向が決まってしまいました。
で、ラジコン設計屋になってメーカーを2軒ハシゴした挙句に独立。
まあ、いろいろと辛いことも沢山あったんですけれども、でも、やっぱりラジコンの設計はやめられませんねぇ~ 
だって、すっごく楽しいんだもん 
♪ちゃん♪ちゃん